日々の記録

日記形式で文章を書く練習

一日千秋、ただし何ものをも待たず

昨日が遠い。何年も昔のように思える。今日の一日でさえそうだ。午後の六時、私は一日を終えた。それなのにまだ六時間も今日が残っているとは不思議だ。試しに今日一日を振り返ってみると、もう二年もの時が過ぎ去っていた。あるいは、千年の歴史を歩いてきたといってもいい。いつも今日から歴史が始まる。昨日は先史時代だ。石器の断片のような記憶。昨日はいつだったか…

「一日千秋」とは何か楽しみなことが待ち遠しいときの心情を表した慣用句だ。一日が千年のように感じるという点でのみ、私の感覚と一致している。しかし、何かを待っているわけではないし、この感覚は過去のほうへ向かっている。私が待っているものをあえて挙げるとすれば、それは延長された今日が終わる時である。それでもやはり、私は何も待っていない。私には待つべき未来はないし、思い出すべき過去もない、あるのはただ今この瞬間だけだ。

私は今日、カレンダーを捨てた。もっと正確に言えば、いつの間にかなくなっていた。もとより私の部屋にはカレンダーは掛かってなかったが。だから朝は冬であったし、午前は春、昼は夏、午後は秋であった。

今日は永遠の世界史である。そして昨日は永遠に隠される。