日々の記録

日記形式で文章を書く練習

告発すること、悲しみ

最近の出来事から学んだことがあるので、ここで整理してみる。

いつもは明らかにされていないこと、あるいは隠されていることを告発することは多くの人にとってかなりのショックを与えることがあるということだ。私はただ事実が何であるかを知りたいだけで、誰かを非難するつもりは無い。例えば「この状況はこうなってますね」と言うと、決まって非難される。これは一体どういうことなのか。私が言ったことは事実の確認であって、非難、批判、当てつけといった恨みではない。それなのに「あの人はいつも悪口を言っている」と勘違いされてしまう。客観的出来事と個人的な私情を分けられていないことが原因ではないだろうか。私は折れるわけにもいかず、なんとか私の言っていることを正しく受け取ってもらえるように説明する。しかし、その時、人は狼狽する。それまでの自分の確信が根底から揺らいでいるからだ。そしてその揺らぎに耐えることも止めることもできないとき、現実逃避して私を攻撃する。

だからこういった人たちには何も告発しないのが無難であるということだ。その代わり、私はこういった人たちには耳を貸さない。それが公平というものであろう。